OB

【OB】元ロッテの李承燁、引退試合で2本塁打

元ロッテの李承燁、引退試合2発!有終の美飾る

 韓国プロ野球を代表する強打者で日本でもロッテ、巨人などで活躍したサムスンの李承■内野手(41)が3日、本拠地の大邱(テグ)で行われた引退試合となるネクセン戦で2本塁打を放ち有終の美を飾った。「3番・一塁」で先発して1回に先制2ラン、3回にソロを放った。

 2003年にシーズン56本塁打の韓国プロ野球新記録を樹立し、04年からは日本のロッテ、巨人、オリックスで計8年プレーして159本塁打を放った。

 韓国代表でも活躍し、08年北京五輪では準決勝の日本戦で決勝本塁打を放つなど金メダルに貢献した。韓国での通算467本塁打、1498打点は歴代最多記録となっている。

※■は火ヘンに華

【高校野球】都立新宿コーチに中日元球団代表の井手峻氏が就任

都立新宿コーチに中日元球団代表の井手峻氏が就任

 新宿(東京)が、OBで中日元球団代表の井手峻氏(73)を外部コーチに招聘(しょうへい)したことが1日、分かった。

 井手氏は東大で投手として活躍し、66年2次ドラフトで中日3位入団。投手、外野手としてプレーし、76年現役引退後はコーチとフロントを歴任。退団後、15年に学生野球資格を回復した。新宿・田久保裕之監督(35)は「(要請を)快諾していただき、5月から真摯(しんし)で熱心な指導をしてくださっています」と話した。同氏は週1回のペースで指導に当たる。

【高校野球】浜松開誠館のコーチに就任した中村紀洋氏が会見

中村紀洋氏会見「打ち勝つという部分に貢献したい」
[2017年5月1日13時20分]
TL
浜松開誠館のコーチに就任し、会見に臨む中村紀洋氏
浜松開誠館のコーチに就任し、会見に臨む中村紀洋氏

 4月1日付で浜松開誠館野球部(静岡)の非常勤コーチに就任した、元DeNA内野手の中村紀洋氏(43)が1日、浜松市内の同校で就任会見に臨んだ。

 -あいさつ

 中村氏 これから子どもたちの夢に向かって自分の経験をもとに、子どもたちをサポートしたいです。学校の考えに知育、徳育、体育があり、徳育について多々考えるところがあり、合致しました。スポーツを通じ、生きる力を与えたい。野球の夢をサポートし、上を目指して頑張っていきたい。

 -経緯、決断理由は

 中村氏 佐野心監督とはプロに入団した年が同じで92年のジュニアオールスターでともに出場しました。そのつながりもあり、今年2月に打撃と守備を見てくれないかと依頼を受けた。自分が子どもと接する姿を見て、私が簡単かつ分かりやすく指導すると、子どもが笑顔になっていると驚かれ、そこを評価していただいた。私も教える中で汗水流して泥まみれになっている選手の力になれないかと思い決断した。

 -チームに期待するところ

 中村氏 指導させてもらうので、今までの成績ではなく、1つでも上に上がってもらえるように、そして最終的に、いずれは甲子園にも行きたい。

 -どこを強化したい

 中村氏 試合を見たが、一切バントをしない。打ち勝つ、守り勝つチームのなかで、私は打ち勝つという部分に貢献したい。1人でも多く、思い切り振れる打者が増えればと思う。

 -技術的指導は

 中村氏 現役時代から、自分自身が教わったことはどうすれば子どもがわかりやすく聞いてくれるかを常に考えていた。難しいことを話しても理解がなければ進歩がないので、できる限り簡単に指導しようと思う

 -打法について

 中村氏 基本を大事に。どんな打法であれ、基本があれば、力強いスイングは出来ます。

 -チームになにを与えたい

 中村氏 いかにプレッシャーのかかった場面で平常心でプレー出来るかを伝えたい。エラーしたくないとかチャンスに打ちたいと思うでしょうが、その場面で普段通り出来るメンタルを育てたい。技術面もそうだが、メンタル面も大事だと思うので。

 -実際の指導は

 中村氏 3月下旬に1回。4月に2回している。練習試合を見ながら、選手の動きをチェックし、指導をしています。前日4月30日に、ノックや打撃投手をし、練習後に選手たちと話す機会がありました。みんなに心境を聞くために、挙手してもらいました。「エラーするのがかっこわるいか」と質問したら、思いのほか手を挙げる子が少なく楽しみだなと思いました。また「空振りはかっこわるいか」と聞いたら、結構多かった。けど、そんなことはなく、空振りもエラーも野球にはつきものだから、かっこ悪いことではないよと話した。

 -手応えは

 中村氏 手応えは大あり。間近で見せてもらったときにプロ野球の選手のような打球を見せてもらった。選手に聞くと「あんな打球は初めて」と言っていただけたので。

 -現役続行中では

 中村氏 またチャレンジさせていただく機会をつくってもらった浜松開誠館に感謝しております。第2の人生というか、チャレンジするという意味でまだまだ生涯現役です。もう私は活躍はできないですが、子どもたちと接する時間が増えて、成長する姿を見て、楽しい、もっと教えたいと思った。私もまだバットも振れて、守備も実演が出来るので、チャンスだなと思う。

 -プロと高校野球で大切なこと

 中村氏 プロはファンに魅せる野球ですが、高校生は感謝の気持ちを持って欲しい。簡単にグラブも持てないので、道具を大事にして欲しい。その気持ちがなければ、精神的にも肉体的にも進歩しないと思う。

 -甲子園の魅力は

 中村氏 私は甲子園に行くよりもプロに行きたいと思っていた。緊張していたので、満塁本塁打を打たれて終わった記憶以外は記憶が真っ白。甲子園では高校時代は0安打でプロに行ってから甲子園で打ちました。

 -自身の目標は

 中村氏 選手指導に携わり、1人でも多く上、社会人、プロに行ってほしい。その中でメジャーにも行く選手も誕生して欲しい。

【OB】中村紀洋氏が浜松開誠館のコーチに

中村紀洋氏が高校野球コーチに 浜松開誠館で指導へ

 近鉄、中日、横浜などで活躍した中村紀洋氏(43)が高校野球のコーチに就任したことが分かった。浜松開誠館(静岡)が26日、発表した。

 同校の佐野心監督(元中日)とプロ入りが同じ91年ドラフトで、打診を受けたという。中村氏は「監督とのご縁で、守備と打撃の指導にうかがうことになりました。甲子園を目指す子どもたちの力になりたい。野球界に恩返しをしたいという思いでお引き受けしました」と決意を語った。昨年2月に学生野球指導資格を回復。今後は月1、2回のペースで指導する予定だという。

【大学野球】元西武金森氏がノースアジア大コーチに就任

元西武金森氏がノースアジア大コーチに就任していた

 北東北大学野球のノースアジア大(秋田)のコーチに、元西武の金森栄治氏(60)が就任していたことが17日、分かった。14年4月から3月末まで監督を務めていた石川・金沢学院東高(現金沢学院)を任期満了で退任。4月から同大に招聘(しょうへい)され、既に学生への指導を行っている。

 石川・金沢市出身の金森氏はPL学園高、早大、プリンスホテルを経て、81年に西武へドラフト2位で入団。左打ちの外野手として3度の日本一を経験し、88年途中にトレードで阪神へ移籍。93年からプレーしたヤクルトでは代打の切り札として鳴らした。

 96年に引退後は名打撃コーチとして、強打者を育成してきた。01年から2年間在籍した古巣西武で打撃開眼させた和田一浩は、通算2050本まで安打を積み重ねた。10年にはロッテの1軍打撃兼野手チーフコーチに就任し、チームの日本一に貢献。当時の愛弟子だった角中勝也は、のちに首位打者を2度獲得するまで成長した。

 プロ5球団でコーチを、BCリーグ石川では監督を歴任した後は一転して、高校野球界に身を転じた。14年3月に、日本学生野球協会から学生野球資格の回復を認定され、同年4月から地元・金沢学院東高の野球部監督に就任した。3年間の任期での最高成績は15年夏の準々決勝進出だった。

 22日から開幕する北東北大学野球リーグは目下、富士大(岩手)が6連覇している。昨秋は5勝5敗の3位。07年の改称前の秋田経法大時代に11度(旧リーグ含む)の優勝経験はあるが、直近の優勝は92年春。金森コーチの指導で打撃を底上げし、25年ぶりの優勝を狙う。

【OB】元中日川上憲伸が引退表明「ユニホームを脱ぐ決意」

元中日川上憲伸が引退表明「ユニホームを脱ぐ決意」

 前中日の川上憲伸投手(41)が19日、CBCテレビ「サンデードラゴンズ」に生出演し、現役引退を正式に表明した。右肩の故障に悩まされ、15年限りで中日を自由契約。その後は所属先がなく、野球評論家としても活動していたが、引退表明はしていなかった。「ユニホームを脱ぐ決意をしました。お世話になった方や声援をくれたファンの皆さんに感謝しています」と笑顔であいさつ。思い出の出来事には02年8月の巨人戦(東京ドーム)の無安打無得点試合を挙げた。

 徳島商高、明大を経て98年ドラフト1位で中日入り。初年度に14勝で新人王。04年は最多17勝でリーグ優勝に貢献。沢村賞とMVPも受賞した。08年オフにブレーブスにFA移籍し、メジャー通算8勝22敗。12年から中日に復帰し、14年は球団最多7度目の開幕投手も務めた。日本通算275試合、117勝76敗。

 今後も野球評論家として活動を続ける。

【高校野球】元阪神ドラ1中谷仁氏が母校・智弁和歌山専任コーチ

元阪神ドラ1中谷仁氏が母校・智弁和歌山専任コーチ

 1997年の阪神ドラフト1位で楽天、巨人でもプレーした中谷仁氏(37)が4月1日から母校の智弁和歌山硬式野球部の専任コーチを務めることが17日、分かった。

 中谷氏は97年夏の甲子園で学校夏初の優勝に貢献。巨人在籍の12年で現役を引退し、13年は巨人のブルペン捕手を務めて退団。14年に学生野球の指導者資格を回復し、今年1月から智弁和歌山で週2回の臨時コーチを務めてきた。4月からは学校職員となり、常勤のコーチとして、甲子園最多63勝の高嶋仁監督(70)を支える。「高嶋先生や後輩が1つでも多く甲子園で勝ってくれるよう頑張っていきたい」と話していた。

【中日ドラゴンズ】OB山本昌氏、4・4本拠地開幕戦の始球式登板

中日OB山本昌氏、4・4本拠地開幕戦の始球式登板

 中日は4月4日の本拠地開幕戦となる広島戦(ナゴヤドーム)でOB山本昌氏(51)が始球式を行うことを16日、発表した。

 山本氏はナゴヤドームが創設された97年の開幕戦に登板。初の大役を務め、白星を飾った。ナゴヤドーム創設20周年の節目の年に再び、本拠地開幕のマウンドに立つ。

 山本氏は「ナゴヤドーム開場20周年の公式戦開幕初戦、記念すべき年の始球式を務めさせていただくことになり、とても光栄です。当時の気持ちを思い出して投球したいと思います。当日は皆様のご声援、そして新生ドラゴンズの応援をよろしくお願いいたします」とコメントした。

【高校野球】専大北上新監督に中尾孝義氏

専大北上新監督に中尾孝義氏!中日、巨人で優勝

 捕手として82年に中日のリーグ優勝、89年には巨人の日本一に貢献した中尾孝義氏(60)が、専大北上高校の野球部監督に就任することが14日、分かった。スカウト担当を務めていた阪神を昨年末に退団。学生野球回復制度の研修を受け、7日に日本学生野球協会の適性認定を受けていた。昨年末に専大野球部元監督の江崎久氏から専大北上の監督就任を打診された。「当初はリトルやシニアの指導者を考えていたが、最初のオファーで母校の専大の付属高ということで決断した」と中尾氏は話した。

 専大北上は07年に卒業生によるプロからの金銭授受などが発覚して野球部を一時的に解散するなど、06年以来甲子園から遠ざかっている。「甲子園には3、4年後には出場したいけど、まずは自分の技術や精神を伝えるとともに、高校生は社会人になる1歩前の大切な時期。体づくりや人間形成に力を入れていきたい」と中尾氏。3月から本格的なチームづくりに着手する。

 ◆中尾孝義(なかお・たかよし)1956年(昭31)2月16日、兵庫・北条町(現加西市)生まれ。滝川-専大-プリンスホテル。80年ドラフト1位で中日入団。1年目から正捕手となり82年にリーグ優勝に貢献し、シーズンMVPに選出される。88年オフに交換トレードで巨人に。89年に日本一に貢献した。92年に西武移籍。93年現役引退。所属した3球団で日本シリーズ出場。引退後は西武やオリックス、阪神などでコーチなどを歴任。09年から16年まで阪神のスカウト。

【OB】大島康徳氏が大腸がん、ステージ4で肝臓に転移

大島康徳氏が大腸がん 肝臓転移ステージ4も元気

 元日本ハム監督で、プロ野球解説者の大島康徳氏(66)が7日、自身のブログで、昨年10月下旬頃に大腸がんが発覚したと告白した。肝臓に転移があり、ステージは4。すでに大腸の手術は終え、現在は抗がん剤治療を行っているという。

 ブログのタイトルは「今まで通り、普段通り」と記した。「いきなりものすごく驚かせてしまいましたね。ごめんなさい。でもね、安心して下さい。病気が発覚した時も、今現在も、大島はとても元気です」と書き込み、「今後の人生を前向きに生きるために病気を公表することも決意しました」と、思いを明かした。

 1月に宮崎で行われた名球会イベントは欠席した。今後については「治療はするけれど仕事もする、遊びにも行く、好きな趣味もする、おいしいものも食べる。つまり、これまでと何も変わらない日々を過ごしたいのです。いいえ、過ごすのです」と決意を記した。

 大島氏は68年ドラフト3位で中日に投手として入団し、野手に転向。74年、82年のリーグ優勝に貢献した。83年には元広島の山本浩二氏と本塁打王を分け合った。88年に日本ハム移籍。94年の引退まで2204安打、382本塁打を記録した。00~02年は、日本ハム監督を務めた。